本研究は日本語教師の海外経験がもたらす影響についてライフストーリー研究の方法を通して明らかにしたものである。
1990年代後半からグローバル化により社会的環境が変化し、日本には多種多様な在留外国人が増加した。従来の日本語教育による指導方法では対応できない困難に遭遇しているため、教育者の姿勢、在り方が重要になってきた。では、教師の変容はどのような実践を通して、成長したのだろうか。本研究では先行研究を踏まえ、経験豊富な日本語教育者にその海外経験を語っていただき、分析、考察を行った。
分析は桜井(2012)の「対話的構築主義アプローチ」を援用し、日本語教師歴30年の経験豊富な日本語教師3名(日本語母語話者2名、日本語非母語話者1名)を対象に行った結果をそれぞれ研究1、研究2、研究3とした。
研究1:海外移動による教育と研究の変容
研究2:非日本語母語話者の日本語教師の日本留学経験がもたらす成長
研究3:異文化適応力を身に付けた経験とその背景
各研究を分析した後、考察として横断的に共通性を見出し、縦断的に特殊性を抽出した。結果として、共通性には3つの要因が見出せた。母国の教育環境、早い時期からの教育実践、海外移動による変容が挙げられた。特殊性では4つの要素が挙げられた。人格的特徴、言語の学習者・教育者・研究者の立場と家族、社会人経験、移動の型が関係していることがわかった。
結論として、3名の日本語教育者の1.「教師の成長過程」にはヒト・モノ・コトと連続的に深く関わりながら教育や研究を実践し、変容した過程があった。海外経験を積んだことで恩師と出会い、やがて自身もメンターへ成長したことも明らかとなった。2.「社会的現実」とは「多様性理解」である。異文化社会に足を踏み入れ、個の理解を深め、多様性を容認する姿勢が養われる教師に成長できた。3.「メンターとの関連性」は恩師と呼べる存在がメンターであると捉えられ、3名の日本語教育者もやがてメンターとしての教育活動を実践するように次の世代へ伝承されていくことが明らかとなった。4.「日本語教育への意義」とは多様性を持つ学習者理解のメンター教育者の存在が明らかになったことである。その経歴と伝承こそが日本語教育にとり意義のある考察となった。